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CHARLIE CHRISTIAN, LES PAUL , BOB WILLS


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 2002年に発売されたチャーリー・クリスチャンのCD 「The Original Guitar Hero」 の国内盤を遅ればせながら入手した。その解説にレス・ポールがクリスチャンとの思い出にまつわる一文を寄せていて、1938年、ボブ・ウィルス&ヒズ・テキサス・プレイボーイズの演奏を聴きにタルサまで車を飛ばして行ったときのエピソードがとても興味深い。演奏会場は飛行機の格納庫のように巨大なホールで、テキサス・プレイボーイズの演奏に参加させてもらっていたら、ステージ下から見上げている黒人青年がいて、それがレコード・デビュー前のチャーリー・クリスチャンだった。そして、クリスチャンもテキサス・プレイボーイズに加わって一緒に演奏したという。カントリーにもウェスタン・スウィングにも興味がなければ聞き流してしまう話かもしれないが、わたしには大変ショッキングなエピソード。たった一夜のハプニングとはいえ、こんな夢のような話があったなんて。当時のテキサス・プレイボーイズのギタリスト、エルドン・シャンブリンは若い黒人ギタリストの演奏をどう思ったのだろうか。また、黒人のクリスチャンがボブ・ウィルスの演奏を聴きに来ていたというのも面白い。翌年、クリスチャンはジョン・ハモンドに見出されてベニー・グッドマンのバンドのメンバーとなるが、その後もレス・ポールとクリスチャンの付き合いは続いたそうだ。いや~なんともいい話です!レス・ポール、チャーリー・クリスチャン、ボブ・ウィルス、この3者がつながるなんて想像さえしたことがなかった。

コメント(16) 

コメント 16

英デッカ君

ベニー・グッドマンが、クリスチャン勧誘以前にレオン・マコーリフをスカウトして断られた…なんて記述を以前、何かで読んだような気がします(何かの大間違い記憶かも知れませんが…)。マジ話なら→モダーンなオッサンやったんやね!グッドマンって感じっす。


by 英デッカ君 (2009-12-09 17:15) 

t-42

英デッカさん、こんちは!
その話初耳です。
もし本当なら、それはそれで面白いですね。
当時は意外とジャンルなんて気にしてなかったのかな?
今日、たまたまレオン・マコーリフのリーダー録音を聴いてました。
インストは最高ですが、歌物には退屈なのも少しあります。

by t-42 (2009-12-09 17:45) 

okeh

いや〜、本当に興味深いお話ですねぇ。

クリスチャンがウィルスの演奏を聴きに来た事に関しては、「やはりあらゆる音楽に興味があったんだろうな」という感じで納得ですが、むしろ、黒人のクリスチャンがよく演奏会場に入れてもらえたなという余計な心配をしてしまいました (笑)。
"その後もレス・ポールとクリスチャンの付き合いは続いた" ってくだりは感動しますね。

しかし、ギター・アンプを模したこの CDジャケがカッコ良いっ!
聞く所によるとこのCDはかなり音が良いそうですが、その辺はいかがでしょう??
by okeh (2009-12-09 23:00) 

t-42

> 黒人のクリスチャンがよく演奏会場に入れてもらえたなという・・・

そうなんです。客は白人ばかりだったでしょうしね。
危険じゃなかったのかなと思いますよね。
KKKとかありますしね・・・

このCDの音ですが、クリスチャンはあまりCDで持ってないので、
他のCDとの比較はできません。
でも、エレキがビンビン響いてきて迫力ありますよ。

by t-42 (2009-12-10 13:44) 

pei

あらゆる音楽に興味があった・・・っていうよりも、クリスチャンはギターに対する可能性を高めようとしていたんじゃないでしょうかね。疑り深い僕も、このお話は素直に聴く事にします。
久しぶりにボックスを引っ張りだしました!
by pei (2009-12-10 20:02) 

t-42

クリスチャンがボブ・ウィルスの演奏をラジオで聴いて、
レオン・マコーリフのスティール、エルドン・シャンブリンのギターを
生で見たくなって会場に出掛けたってとこかもしれません。

ボブ・ウィルス&ヒズ・テキサス・プレイボーイズを聴きながら、
もしクリスチャンならどんなフレーズを弾くかなんて
想像するだけで楽しくなります。

by t-42 (2009-12-10 20:54) 

吾妻虎太郎

すごいニュースですね。そういえばボブ・ウィルスも若いころ、遠方の街にベッシー・スミスを見にいったとCDのライナーに書いてありました。
by 吾妻虎太郎 (2009-12-12 00:05) 

@katsu

♪アメリカン・ミュージックの奥深さを感じました。早速アルバムを購入します。その昔、何かの雑誌(アメリカ)でボブ・ウィルズ関連の記事で興味深い記事を発見しました。晩年のボブ・ウィルズ(50年代半ば)は、マディ・ウォーターズと仲が良かったということです。ウォーターズのモダン・ブルースは少なからず、テキサス・プレイボーイズのサウンドに触発された、とも書いてありました。またエルドン・シャンブリンは、ジャズのビッグ・バンドに誘われたこともあった、とも書かれて下りました。
by @katsu (2009-12-12 09:58) 

t-42

ニュースというには古い話題で恐縮です。
吾妻虎太郎さん、お久しぶりです。
お元気でなによりです。

by t-42 (2009-12-12 13:39) 

t-42

エルドン・シャンブリンがビッグ・バンドからオファーを受けたなんて、
これまた初耳です。
同じウェスタン・スウィング系のギタリスト、ジミー・ワイブルは
ジャズ・アルバムを出してますしね。
どんどん話題が広がっていくのが面白いです!

カツさん、来年のジャック・エリオットの熊家族からの再発楽しみですね!
by t-42 (2009-12-12 13:45) 

@Katsu

♪刺激を受けまして、チャールズ・タウンセント著の「San Antonio Rose: The Life and Music of Bob Wlls」をもう一度読み直しましたら、1944年の終わりから45年の春にかけてボブ・ウィルズは、全米ツアーを行なったと記載されております。以下は要約です。
 
“ウィルズのツアー名は、“ボブ・ウィルズ&ヒズ・グレイト・ヴォードヴィル・ショウ”でした。主な出演場所は、ニューオリンズの「セイント・チャールズ劇場」、ルイヴィルの「ケンタッキー劇場」、シカゴの「オリエンタル劇場」でした。スウィング・ジャズ時代を築いた巨人たちが出入りした「ダウン・ビート・ルーム」にも顔を出し、スウィング・ジャズメンと仲良く語り合ったということです。この時期のウィルズ・バンドは、本物のジャズメンが在籍しておリ、興味を引くところですね。トランペットのアレックス・ブラスシェアーは、ノーマ・ティーガーデンズ・ジャズ・バンド出身、ドラムスのモンテ・マウントジョイは元レッド・ニコルス楽団のメンバー、エレキ・ギターのジミー・ウェイブルは、後にベニー・グッドマン楽団に加入したという凄腕ジャズ・ギタリストでした”

 管楽器を本格的に導入したテキサス・プレイボーイズの1940年代録音は、もっとロック系音楽ライターにお勉強してもらいたいですね(笑)。
ほんとアメリカン・ミュージックって奥が深いです。
by @Katsu (2009-12-13 23:04) 

t-42

“ボブ・ウィルズ&ヒズ・グレイト・ヴォードヴィル・ショウ”というのが、
とても興味深いネーミングですね!
なにか暗示的ですらあります。
エメット・ミラーを意識したのかもしれません。

「ピストル・パッキン・ママ」のアル・デクスターは、
メンバーが全員黒人のバンドを率いてた時期があるとか。
この手の音楽はまだまだ奥が深くて興味が尽きないです。
カツさん、いつもご教授ありがとうございます!




by t-42 (2009-12-14 13:32) 

@Katsu

♪そういえばアル・デクスターのバンドですが、若き日のルイ・ジョーダンが在籍していた、という説もありましたね。
by @Katsu (2009-12-15 10:33) 

t-42

> アル・デクスターのバンドですが、若き日のルイ・ジョーダンが在籍していた、という説も・・・

それは初耳です!
う~ん、いろいろ出てきますね!

by t-42 (2009-12-15 13:28) 

早川

 鈴木カツさんのサイトで紹介されており、関心があるテーマだったので、何点か紹介さ
せていただきます。

 レス・ポールがテキサス・プレイボーイズを見に行ったといっている飛行機の格納庫の
ように巨大なボールルームとは、当時ボブ・ウイルスが根拠地にしていた、タルサのケイ
ンズ・ダンシング・アカデミーです。
 人種差別のはげしかった当時は通常黒人の入場は禁止されていました。ボブのマネイジ
ャー、O.W.メイヨは、黒人が入場できる日を設定していたが、白人と混ざって踊ることは
禁止されており、フロアの周辺の一角に陣取らせたといわれている。
 したがって、レス・ポールがチャールスをみつけることも、ましてステージに上げるこ
ともありえないと考えられる。このエピソードは後年のレス・ポールの証言しかなく、
Charles R. Townsend著San Antonio Roseにはレス・ポールの名は出てこない。
 しかし、クリスチャンはよくテキサス・プレイボーイズを観に来ていたし、プライベー
ト・パーティではいっしょの演奏した、とボーイズのメンバーが証言している。チャール
スは街のそとへでかけてかれのヒーローたちと演奏したし、逆にかれらがチャーリーの地
元へきてジャム・セッションをくりひろげたという。こうして、チャールスは技術を磨い
ていった。

 レオン・マコーリフとベニー・グッドマンの件は私も読んだことがありますが、種々の
英文資料には一切でてこないので、これも、なかったことと考えています。

 あと2~3回つづける予定なので、関係者の生まれた年と州を示します。

1903年 ミルトン・ブラウン、テキサス

1905年 ボブ・ウイルス、テキサス
      ジャック・ティーガーデン、テキサス

1916年 エルドン・シャンブリン、オクラホマ
      チャールス・クリスチャン、テキサス
      (チャーリーは俗称、2歳でオクラホマへ)

1917年 ノエル・ボグス、オクラホマ

1919年 レオン・マコーリフ、テキサス

1820年 クラレンス・ケイグル、オクラホマ

1930年 ベニー・ガルシア オクラホマ 
by 早川 (2009-12-27 17:47) 

t-42

> 人種差別のはげしかった当時は通常黒人の入場は禁止されて・・・

やはり、そう考えるのが妥当でしょうね。

> 黒人が入場できる日を設定していたが・・・

なるほど、そういうことはあったのですね。
いろいろ、勉強になりました。
早川さん、ありがとうございます。

by t-42 (2009-12-27 18:09) 

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